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【海外サッカー】リベロ長谷部。サッカー日本代表で今もっとも輝いている男が成功した3つの理由

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ドイツブンデスリーガ、フランクフルトの長谷部は本来ボランチの選手だ。
彼は今本職ではないリベロで出場し成功してる。
地元ドイツで出場するたびに賞賛され、評価はうなぎのぼりだ。

 
今日本のサッカー界の面々を困惑させている事態。
それは多くの日本代表の海外組が、同時に所属クラブで出場機会を失っていることである。

もちろんサッカーで出場機会を得られないことはよくあることである。
むしろずっとレギュラーをはれる方が不思議なくらいだ。

ところが今回は、本田や香川をはじめ多くの日本代表の主力が先発できない事態になっている。
これまでは、誰かが調子を崩して先発落ちしても一方で誰かが活躍して脚光を浴びる、ということが多かった。
香川が輝くと本田がダメ
本田が輝くと香川がダメ
という具合で、同時に輝かないのはもはやジンクスか、と思うくらいであった。

ところが今は本田、香川だけでなく、
長友、吉田、清武、岡崎といった主力海外組もレギュラーを勝ち取っていない。
もちろんそれぞれ事情は異なる。
また、選手として不調だからではなく、クラブ事情・監督の方針の影響が大きい。
とはいえ、ターンオーバー等の戦略的な理由で出ないのとは違う状況なのは明らかである。


悩ましいのは、本来打表は
「結果を出している選手が選ばれる」
という暗黙のルールがあることである
だからといって国内組だけをレギュラーにするとどうなるか。
これはとても難しい問題だ。

仮に国内組だけをレギュラーにして、うまくハマってしまったら?
それはそれで、今後の代表の方向性を狂わす結果になりかねない。

より成長するため海外を目指す
欧州の激しいスタイルの中でより頑強で巧みな選手になる
といった目標が根底から崩れかねない。

やはり海外組を軸にして、そこに齋藤学横浜FM)や金崎夢生(鹿島)、遠藤航(浦和)といった傑出した国内組を加えていく、といったやり方が無難だ。

長谷部がリベロという面白さ。

先日フランクフルトとケルンの試合があった。
この試合は期待に違わず面白かった。
なにしろ、今日本代表で今もっとも輝いている2人の男がぶつかった試合だからだ。
もちろん長谷部と大迫である。

大迫もよかった。
しかし試合は1-0で長谷部のフランクフルトが勝利した。
大迫のことも大好きな選手なのでいずれいろいろ書いてみたいが、今日は長谷部である。
この試合で長谷部は地元紙ビルトに「日本のベッケンバウアー...」と評された。
誰が予想しただろう。
あのベッケンバウアーを冠するとは、最大の賛辞である。

実際試合をじっくり見た結果、長谷部はまるでずっとそのポジションでやってきたかのようだった。
最終ラインに位置しながらも、自らの判断で自在に動き、
ここぞというタイミングに見せる、スルーパスミドルシュート...
すばらしい。
見ていて90分間、何の不安も感じなかった。


さて、前置きが長くなってしまったが、
長谷部はなぜ今輝いているのか

それを考えてみた。


長谷部が成功した理由その1
 ヴォルフスブルクのマガトとの邂逅

長谷部はヴォルフスブルク時代、干されていた。
これは間違いのないことだ。

ヴォルフスブルク時代、本当に彼は大変苦労した。
当時の監督はやたらと選手を集めたため、同じボジションに多くの選手が名を連ねることになった。
しかも、それぞれが他の中堅クラブなら普通にレギュラーをはれる選手ばかりである。
必然的に長谷部の出場機会は激減し、たまに出場しても右サイドハーフだったり右サイドバックだったり得意でないポジションが多かった。

その監督があのマガトである。
あえてマガトと呼び捨てさせてほしい。
けっしてキライじゃない。
でもなぜか、むしろ親しみをこめてマガトと呼びたい。


マガトはどのような監督か。

彼は「高いクオリティーは苦しみから得られる」がモットーで
軍隊式のトレーニングを課すことで有名な監督であった。
選手との対話を重要視せず、規律を重んじるタイプで、一寸乱れず統率された組織サッカーを目指した。

選手との対話を重要視しない、
というマガトの方針は当時の長谷部を困惑させたに違いない。
日本代表ではキャプテンを努めているのである。
監督との疎通、相互理解は彼のようなタイプの選手にとっては不可欠な要素であったろう。

長谷部としては、そういう状況に置かれながらもじっと機会を伺っていた。
だが、監督と通じ合っていなかったのは明らかだ。
そのわかりやすい例が、長谷部のゴールキーパー誕生の事件である。

ヴォルフスブルク時代、ゴールキーパーがレッドカードで退場となった試合があった。チームは交代枠を使い切っていたため、どうするんだろうと見ていたら、何と長谷部が急遽ゴールキーパーを務めることになった。
実はフィールドにいた選手全員がキーパーを嫌がっていたらしい。
ゴールキーパー経験があったはずのマルコ・ルスでさえ必死で拒否したという。
そのため、マガトが言う律儀で礼儀正しい日本人長谷部誠がやることになった。

マガトは長谷部はNoと言わなかった、と日本人の従順さを強調した。
別の動画では「長谷部は自ら名乗り出た」とまで言っていたが、のちに長谷部は振り返って監督に言われて仕方なくやったと正直に言っている。

あの試合、しんさくはケーブルTVの生中継で見ていたが、馴れないポジションを指示された長谷部は当初はっきり戸惑いの表情を浮かべていた。

こういうシーンひとつ取っても、マガトと(長谷部を含めた)選手達が通じ合っていないのがわかる。

ただ長谷部本人の心情はともかく、日本人ファンにとっては面白すぎる出来事である。
何しろビッグリーグゴールキーパーデビューを果たした最初の日本人選手となったのだから。
それに事実は別として、監督にとっていかに日本人選手が扱いやすいかを欧州の一流監督コーチらにアピールすることになったはずである。

ひょっとしたら、今後の日本人選手の欧州進出に大きな貢献をはたした出来事だったかもしれない。いや本当にである。


そんな日本サッカー界に大きな貢献をした長谷部だったが、自身にとっては地獄のような日々が続いた。
なにしろサッカー選手として一番いい時期に出場機会が激減し、たまに出られてもサイドハーフだったりサイドバックだったり、挙句の果てにゴールキーパーなのである。


2012-13シーズンの開幕前、とうとう長谷部は移籍を決意する。
しかし結果的に残留することになってしまった。
移籍するつもりになったら何が何でも完遂すべき局面だった。
長谷部としては賭けに出たのである。

マガトは忠誠心を求める。
もし移籍を申し出て、結果移籍できなかったらヴォルフスブルクでは終わりである。

当然長谷部は開幕後から一貫して、ベンチ入りメンバーからも外されることになる。
もう、監督交代でも起こらないかぎり長谷部に未来はなかった。


こうして選手として一番油の乗ったシーズンに、ベンチ外という地獄を経験した長谷部であったが、くさらずに準備し続けた。
その理由そのものは本人にしかわからない。
心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣」
を読めばわかるのかもしれない。


ところで、こうして長谷部のサッカー人生を破滅に追いやりかけたマガトだが
けっして長谷部を嫌っていたわけではないようだ。
むしろ長谷部を高く評価していたらしい。

マガトは日本人コレクターと呼ばれるほど日本人を評価する監督でもあった。
「日本人にはテクニック、走力、規律がバランス良く備わっており、
自分の理想とする統率された組織サッカーが出来るから」
と言っていたそうである。
長谷部はそういうマガトのイメージそのものの存在である。
だからこそかもしれないが、残念ながらマガトにほんとうの意味での理解を得られなかった。

その長谷部だが、この監督と邂逅したことが、彼のメンタルを著しく鍛えたことは間違いないと思われる。
長谷部本人がそう述べているのだ。

マガトにキャリアをつぶされかけたと批判する有名選手もいるから、いわば劇薬のようなものだろう。
それを長谷部は耐え、何かをつかんだのだろう。

それならばマガトが標榜する、
「高いクオリティーは苦しみから得られる」

という言葉が真実味を帯びてくる。

失ったものも多いが、より重要なものをつかんだと考えれば、
マガトとの邂逅が、彼の成功の理由のひとつと言っていいのではないだろうか。



長谷部が成功した理由その2
~起死回生のチャンス

地獄を耐え抜いたらチャンスがくる。
だが、そのチャンスを逃したら終わりである。

マガトが解任された。
ついにチャンスがきたのである。

 

当時ブンデスリーガの試合はフジNEXTで生中継されていた。
試合前の風景が映像に映し出される。
後任の監督が重用し布陣する選手達のメンバーの中に...いた。

長谷部はいた。
監督交代劇のあと、それまで出場機会に恵まれなかったメンバーにチャンスが巡ってくることはよくあることである。
なにしろ後任の監督にすれば、変化を起こす必要があるからだ。

その監督交代後の初戦、第9節デュッセルドルフ戦で、長谷部はリーグ戦初出場を果たす。
この試合で長谷部はアシストを決めるなど存在感を示し、チームの開幕戦以来の勝利に貢献した。
その後長谷部はスタメンとして出場し続けることになる。
チャンスをものにし、ふたたび輝きを取り戻したのである。

見事居場所を取り戻した長谷部だったが、彼の心は決まっていた。
シーズン後、長谷部は本職であるボランチでの出場機会を求め、ニュルンベルクへの移籍を決意する。
ニュルンベルクで長谷部は奮闘したが、残念ながら怪我による離脱もあって、チームは残留できなかった。
半月板の損傷で二度も手術することになり、やっと最終節で復帰を果たすが、チームを救うには遅すぎた。

怪我による離脱なのだから、仕方がなかった。
だが真面目な長谷部のことだから、責任を感じただろう。
それも含め、ニュルンベルクでの出来事は長谷部を一層大きくした。
大きな期待に答えてやれなかった虚しさ、苦悩、そして決意。
そういった経験が、長谷部のメンタルを強化した。

そして運命は過酷にも、その後移籍したフランクフルトで長谷部は、このニュルンベルク残留を求めて戦うことになるのである。

かつて残留に向けて大きな期待をよせてオファーしてくれたニュルンベルク
まさに残留への切り札として迎えてくれたクラブである。
そのニュルンベルクに引導を渡すことになったのだ。
負ければ自分たちが降格。
一方勝てば残留できるが、かつて自分を救世主のように迎えてくれたクラブが降格するのである。
当時の長谷部の心境は推し量るしかない。

試合後長谷部は、呆然とピッチに座り込むニュルンベルクの選手たちに声をかけて回っていた。
また終了間際には、時間稼ぎしている同僚を諌めたり、まさに劇画の世界を地で行く漢ぶりに酔いしれたファンもいるだろう。。

そうした複雑な事情のもとでも、長谷部は素晴らしい試合ぶりだった。
どんな心境だったにせよ、試合そのものはきっちり全力で向かい、結果を出すことができていた。

ヴォルフスブルクでは常に準備し、起死回生のチャンスを逃さなかった
そしてニュルンベルクでは降格に関わった主力としての苦悩を乗り越えた
こうした劇画のような経験も彼の成功の理由のひとつと言えるだろう。



長谷部が成功した理由その3
ニコ・コバチ監督


長谷部はシーズン終了後フランクフルトへ移籍した。

2014-15シーズンは、ボランチでチーム最多となる33試合に出場し、チームを支え続けた。
2015-16シーズンは、さらに活躍した。

そして今シーズン、フランクフルトは新監督にニコ・コバチを迎えた。
ニコ・コバチが監督としてフランクフルトにやってきたこと、
これが長谷部が成功した理由その3である。

ニコ・コバチはワールドカップで日本代表と対戦した経験もあり、ザルツブルク宮本恒靖と一緒にプレーした経験もある。
その宮本恒靖のイメージが長谷部に重なるらしく、信頼の一因になっているようだ。

「私は以前ザルツブルク宮本恒靖と一緒にプレーしたんだ。
彼は長い間、日本代表のキャプテンを務め、日本では伝説的な存在だ。
ハージ(長谷部のニックネーム)には、これからは君が伝説的な存在になる番だと話したよ」
賢い監督である。

選手に自分と同じイメージを共有させる一番の方法として、宮本恒靖を使ったのである。
彼のようにやってほしい、と伝えるだけであとは長谷部が自ら考える。

お互い代表のキャプテンで今回の長谷部と同ポジション。
高い戦術理解力、危険察知力といった特徴もよく似ている。

宮本恒靖といえば、
「こんなPK戦はフェアではない」
という言葉で有名である。

AFCアジアカップ準々決勝で日本対ヨルダン戦のときである。
同点のままPK戦にもつれ込んだが中村俊輔三都主が連続枠を外してしまう。
芝が荒れていて軸足が滑ったためだ。
このとき宮本恒靖が動いた。
「こんなPK戦はフェアではない」
そう主審に英語で訴え、結果サイド変更を勝ち取るのである。
それがやがては川口の神セーブへとつながり、日本中のサッカーファンをうならせた。

当初は誰もが思ったはずだ。
すでに中村、三都主が外しているのである。
それでも一生懸命主審に働きかける宮本へは、えらいと思うけど負けは確定だろう、と。
ところがまず、サイド変更が認められたことにみんな驚いた。
それでも日本の圧倒的不利は変わらない。

それが、4人目5人目あたりから少しずつ状況が変わった。
川口に神が降臨してスーパーセーブを連発するのである。
そして日本の7人目はなんと宮本恒靖自身。
この宮本が冷静に決めたとき、われわれ日本人は啓示を受ける。
運命のヨルダンの7人目が外す光景が予兆のようにイメージできたのだ。

この日本対ヨルダン戦のあと、準決勝、決勝と勝利しアジアカップ2連覇を決めるのだが、あまりにも劇的な展開に日本中のサッカーファンが酔いしれた。

そして宮本恒靖は伝説となり、日本中のファンからツネ様と崇められるのだが、そういえばニコ・コバチはこのいきさつを知っているのだろうか。

まあ、何にしてもニコ・コバチ自身も長谷部と同じボランチ出身であるし、そういう監督と同じイメージを共有できるのは幸運である。


長谷部は欧州仕込みのフィジカルに対人プレーの技術、危険察知力・カバーリングそして何より高い戦術理解力を持つ。
ここぞというタイミングに見せる、ドリブル突破やスルーパスミドルシュート
それが最終ラインも任せられるユーティリティプレイヤーに進化したのである。
きっとニコ・コバチは気にいるに違いない。



日本代表との関係性

真面目な性格として知られ、日本代表ではキャプテンシーを発揮。


彼の著作
心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣」
の印税は全額を東日本大震災の支援のために寄付しているという。

長谷部の進化は日本代表にも必ず良い影響を及ぼすだろう。
先日U-19アジア選手権で初優勝した日本。
チームを支えた主将の坂井大将は、2014年W杯のときにフル代表の練習パートナーとして同行した。
そこで主将の長谷部が音頭を取った選手ミーティングを体験。
とても感銘を受けたという。
「この経験を伝えないといけない。自分は今のチームに懸けているから」

長谷部はすでに後続の模範になりつつある。
ニコ・コバチの予言どおりレジェンドになれるのかどうか。
それはわからないが可能性はある。

彼の誕生日は1月18日で、しんさくと同じである。
ぜひ頑張ってほしい。
そういえば坂井大将も1月18日である。


リベロセンターバックの違いがわからない、という人は一度、長谷部の試合中の動きを追ってみてほしい。
かなり大胆に動いている。
高度な判断力がないと出来ない役割だ。

そんなすごい役割を海外のトップリーグでやっているのである。
今もっとも輝いている男だ。